薬剤師である私が、なぜ社会保険労務士事務所を開業したか?

自分の方向性を模索していた公務員時代

学生時代の実習の経験から「薬剤師=調剤」というイメージしか持っていなかった。

これからの自分の方向性が決められるかもしれない、という就職活動の結論を先延ばしにするような、ふんわりした理由で市役所に就職。

ごみ処理施設運営に関わる事務や飲食店の営業許可、衛生監視業務などを経て、医務薬務課に配属。薬事監視員として、病院や薬局の監査を行う中で、多くの医療関係者と話をする機会を頂いた。そのうち、医療現場にも魅力を感じるようになっていった。

そんな時、「地域包括ケアシステム」などの言葉が使われ始めた時であったこともあり、先進的な取り組みを行っている、在宅医療に特化した薬局にとても魅力を感じた。私は、監視員として自身が担当として新規開業調査を行った薬局にそのまま転職を決めた。

がむしゃらに働き、大きな挫折を味わった薬局時代

入社した会社は、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けている、真っ只中であった。

入社3か月で、薬剤師として全くの素人である私も、すぐに小規模店舗の薬局長となり、翌年にはスタッフ10数名規模の薬局長を任された。介護施設への配達先が毎月のように増えていき、多忙を極めていた。毎日薬局の在宅業務の効率化を必死になって考えた。人員の募集はかけているものの、人員の補充はなく、他店舗へ薬剤師の応援に頼りきっている状況であった。

優秀な同僚に恵まれたため、なんとか綱渡りで乗り越えられていたが、自分の雑さや考えの浅さなど、うんざりするほど味わった。人に関する悩みも多かった。

そして、目まぐるしく環境の変わり続ける会社に自分の成長のスピードがついていかなかった。数年たつと、本当に情けないことに、精神的に限界を感じていた。ストレスを感じていたのか、寝汗を大量にかくような身体反応もあった。

当時の上司に涙ながら「本当に悔しいです。でも、辞めます。」と伝えたことを今でも苦々しく思い出す。

人生における大きな挫折の一つである。

医療を1つのビジネスととらえ、医療の本質について考えた医薬品卸時代

完全に挫折した私は、現場(調剤業務)以外の選択肢を広く探るため、全国規模の大規模医薬品卸に再就職した。当時は、医薬品卸の管理薬剤師業務も比較的忙しくもなく、医療経営に関する書籍などを読み込む時間ができた。環境のおかげもあり、医療とビジネスについてたくさん考えることができた。会社が勧めていた医療経営士の試験を受け、理解を深めることができた。

また、薬剤師会などで深めた知識や経験を講演する機会にも恵まれた。医療経営を学び、「医療とは何か」について、自分なりに考えた。

そして、医療機関の医業最大支出項目である人件費、薬局の対物から対人へのシフトなど様々な情報にふれ、シンプルな結論「医療はサービス業である」と考えるようになった。

たどり着いた一つの答え、社会保険労務士を目指して

「医療はサービス業である」であるなら、何よりもそこで働く「人」が大切であると考えた。

製造業や販売業であれば取り扱う商品などが大きな要素である。しかし、医療における商品とは、そこで働く医療従事者のサービス、そのものである。

そして、人手不等などの現状を取り巻く環境などを考え、「医療従事者が働きやすい労働環境を作りたい」と考え、社会保険労務士を目指すことを決意した。

とはいえ、理系出身の私が働きながら、法律関係の国家資格を取得することは並大抵なことではなく、とても苦戦を強いられた。

毎朝5時に起き、2時間勉強することを3年間続けた。春ごろから試験のある夏に向けては1日4~5時間勉強することもざらだった。

試験勉強をしている期間に、単身赴任が決まり、家族とも離れ離れの生活となり、またコロナ渦ということも相まって、とても孤独な闘いであった。

2回目の受験では、わずか1点及ばず、涙をのんだ。

それでも、過去の失敗から「もう逃げたくない」と思い、何とか3回目の挑戦で合格した。

会社を飛び出し、理想の追求へ

やっとの思いで国家試験を合格したが、実務経験がないため事務指定講習を受講した。

合格してから、約1年越しにやっと社会保険労務士として登録をした。

当初は、会社の人事部で労務管理の経験を積み、コンサルティング部署で、医療現場に活かしたいと考えていた。

しかし、大企業という組織においては、個人の理想や考えは往々にして通用しない。

良くも悪くも、いち薬剤師でしかなく、組織の方針に沿うことが、最重要視されるためである。

やはり1年くらいは社内で可能性を模索していたが、「本当にやりたいことをやるには起業しかない」と割り切って、退職。

再び医療現場に戻り、社労士としてのスタートラインに立つ

現在、社労士事務所を経営する傍ら、再び薬剤師として調剤業務に復帰している。現場を離れて長かったため、久しぶりすぎて最初はとても不安だった。

薬剤師として医療現場で働けていることにやりがいを感じる一方、業界全体を通して、まだまだ労務環境が整っていないと感じることもある。やはり、医療従事者の使命感や自己犠牲の上に成り立っているような側面がある。

もっと、組織としてできることがある。人材紹介会社に莫大な紹介料を払うのではなく、頑張っている人が認められる社会であるべきだ。私はそれがスタッフの定着化及び成長につながり、経営の成長に直結すると信じている。

これからも医療・介護現場において、職場の団結力が上がるような仕組みを探求し続けたい。