【第1話】「あの人がいるなら辞めます」若手が次々消える薬局の怪〜お局スタッフと向き合う、職場環境改善の処方箋〜

舞台・登場人物
あおば薬局
開局10年目。内科・小児科の門前にある、地域密着型の小規模調剤薬局。スタッフは薬剤師3名、医療事務3名の計6名体制。
田中 健一(たなか けんいち/45歳) - あおば薬局長(開設者)
あおば薬局の開設者であり管理薬剤師。患者想いで温厚な性格。「スタッフは家族」が口癖で、関係を良好に保つために気を遣っている。しかし、医療のプロではあるものの「労務のプロ」ではないため、トラブルが起きるとパニックになりがち。
佐藤 雅子(さとう まさこ/52歳) - ベテラン医療事務
開局当初から田中薬局長を支えてきたお局スタッフ。ピッキングからレセコン入力、保険請求まで完璧にこなすが、プライドが高く、気に入らない新人には冷たく当たる。
社会保険労務士
田中薬局長の顧問であり、駆け込み寺。薬局特有の事情に明るく、田中薬局長の孤独や優しさに寄り添いながらも、法的リスクにはズバッとメスを入れ、根本的な解決策を提示する。
1. 【事件発生】完璧なベテランと、消えていく新人たち
開局から10年目を迎える「あおば薬局」。地域に密着した温かい薬局として評判ですが、田中薬局長には誰にも言えない深い悩みがありました。それは、開局当初から勤めているベテラン医療事務、佐藤さんの存在です。
佐藤さんは患者様への応対は完璧で、複雑なレセコン(レセプトコンピューター)の入力や保険請求の業務も一人で完璧にこなしてくれる、薬局にとって欠かせない存在です。 しかしある日、採用したばかりで有望だった20代の新人事務員が、わずか3ヶ月で退職届を出してきました。
「佐藤さんがいるなら、これ以上働けません……」
涙ながらに語る新人の話を聞くと、佐藤さんは気に入らない新人に対して、何度質問されても無視をしたり、大きなため息をついて威圧したり、さらには「こんなことも分からないの?」とレセコンの操作を一切教えなかったりしていたことが発覚しました。実は、新人が定着せずに辞めていくのはこれで3人目です。
「またか……。でも、今佐藤さんに辞められたら、毎月のレセプト請求ができなくなって薬局の収入がストップしてしまう」 佐藤さんの機嫌を損ねることを恐れた田中薬局長は、強く注意することができません。(直接手を出しているわけじゃないし、ちょっと指導が厳しいだけ。パワハラにはならないだろう……) そう自分に言い聞かせていましたが、現場の空気は最悪です。限界を感じた田中薬局長は、顧問である私(社会保険労務士)の事務所へ駆け込んできました。
2. 【社労士への相談】「暴言じゃないからパワハラではない」という勘違い
田中薬局長: 「先生、また新人が辞めてしまいました! 原因は明らかにベテランの佐藤なんですが、彼女に強く注意できないんです。もし彼女がへそを曲げて辞めたら、うちのレセプト業務は完全にストップしてしまいます。それに、叩いたり暴言を吐いたりしているわけではなく、ただ無視したり、ため息をついたりするだけです。これってパワハラにはならないですよね? 最近の若い子は根性がなくて困りますよ……」
社労士: 「度重なるスタッフの退職、本当に頭が痛い問題ですよね。レセプト業務が止まる恐怖から、佐藤さんに強く出られないお気持ちは痛いほどわかります。……しかし薬局長、厳しい現実をお伝えします。佐藤さんの行為は、法律上完全に『アウト』です。」
田中薬局長: 「えっ!? 暴言を吐いていなくてもですか?」
社労士: 「はい。令和4年(2022年)から中小企業にも防止措置が義務化された『パワハラ防止法』(※正式名称:労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)では、身体的な攻撃だけでなく、無視や仲間外しなどの【人間関係からの切り離し】、仕事を与えない・教えないといった【過小な要求】も、明確にパワハラと定義されています。もちろん一概には判断できないことも多いですが、これを放置すれば、会社(薬局長)の『安全配慮義務違反』として訴えられるリスクがあります。」
田中薬局長: 「無視や仕事を教えないこともパワハラになるんですね……。でも、注意して彼女が辞めてしまったら、明日からどうやって薬局を回せばいいんでしょうか?」
社労士: 「そこが一番の根本原因です。薬局長の本当の悩みは佐藤さんの性格ではなく、『彼女がいないと業務が回らない(業務の属人化)』という状態を人質に取られていることなんです。佐藤さん自身も『自分がいないとここは困るはずだ』と分かっているから、お局様として振る舞えるんですよ。」
田中薬局長: 「人質……! まさにその通りです。では、どうやってこの状況を打破すればいいのでしょうか?」
社労士: 「いきなり彼女の性格や態度を真正面から攻撃してはいけません。まずは、彼女の頭の中にある『業務のブラックボックス』をこじ開け、経営者として主導権を取り戻すことから始めましょう。」
3. 【解決策】経営者が現場の「主導権」を取り戻す3つのステップ
今回の「お局様によるパワハラと業務の属人化」問題に対して、当事務所が提案した解決策のポイントは以下の3点です。
- 「業務継続計画(BCP)」を大義名分にしたマニュアル化
「あなたの態度が悪いから」と迫るのではなく、「災害時や誰かが急病で倒れた時でも薬局を存続させるため(リスク管理)」という経営上の大義名分を掲げます。その上で、佐藤さんが独占しているレセプト業務の手順を、誰でも分かるようにマニュアル化(または動画撮影)するプロジェクトを立ち上げ、業務のブラックボックスを解消します。
- 評価基準を「個人のスキル」から「後進の育成」へシフトする
どれだけ実務ができても、チームの和を乱す行為は評価しないという姿勢を明確にします。「マニュアルを作成し、若手を一人前に育てたこと」を最も高く評価する(手当や昇給の対象にする)という人事ルールの変更を伝え、彼女の承認欲求を正しい方向へ導きます。
- 経営者がハラスメント行為に対処する勇気をもつ
業務がマニュアル化され、他のスタッフでも対応できる体制(または最悪、外部のレセプト代行業者に頼める準備)が整えば、経営者は「人質」から解放されます。その余裕を持った上で、毅然とした態度でハラスメント行為に対する指導を行います。
4. 【その後】「絶対的な権力者」から「頼れる指導者」へ
田中薬局長はアドバイス通り、「もし佐藤さんが急病になったら薬局が潰れてしまうから、あなたのノウハウを薬局の財産として残してほしい」と頼み込み、レセプト業務のマニュアル化に着手しました。頼りにされた佐藤さんは気を良くしてマニュアル作りに協力し、結果として他のスタッフもレセプト業務に触れられるようになりました。
「最悪、佐藤さんが辞めても何とかなる」という体制と自信を手に入れた田中薬局長は、佐藤さんとの個別面談を実施。「これからは、プレイングマネージャーとして『後輩を育てること』を君の最大のミッションにしてほしい。無視やため息は指導ではなく、法律上のパワハラリスクになるから絶対にやめてほしい」と、初めて毅然と指導しました。
自分がもはや「絶対的な権力者」ではないこと、そして新しい評価基準を示された佐藤さんは態度を軟化させました。現在では、マニュアルを使って若手を熱心に指導するようになり、少しずつあおば薬局の若手離職率は改善しています。
(著・監修)メディカル ユナイト ラボ 代表 八木佑樹
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