【第3話】インフルエンザ流行期に「突然の温泉旅行」は許される?〜薬局を崩壊から守る「有給休暇」の処方箋〜

舞台・登場人物

あおば薬局

開局10年目。内科・小児科の門前にある、地域密着型の小規模調剤薬局。スタッフは薬剤師3名、医療事務3名の計6名体制。

田中 健一(たなか けんいち/45歳)

【役職】あおば薬局 薬局長(管理薬剤師・経営者)

本連載の主人公であり、全国の悩める薬局長の分身。「スタッフは家族」がモットーの心優しいお人好し。患者様想いで調剤や服薬指導のスキルは一流だが、労働基準法やハラスメントの知識はネットの拾い読みレベル。

佐藤 雅子(さとう まさこ/52歳)

【役職】ベテラン医療事務(お局様)

開局当初からあおば薬局を支える絶対的エース。複雑なレセコン入力や保険請求も一人で完璧にこなすため、田中薬局長も頭が上がらない。患者様には非常に丁寧で愛想が良い。

高橋 結衣(たかはし ゆい/24歳)

【役職】若手医療事務(入社2年目)

真面目で仕事の覚えも早く、患者様からの印象も良い今どきの若手スタッフ。デジタルツールにも強く、薬局の業務効率化にも貢献している。推し活に全力。

社会保険労務士

田中薬局長の顧問・駆け込み寺

本連載の解説役。医療現場の特殊な労務環境に精通しているプロフェッショナル。パニックになって駆け込んでくる田中薬局長の話を冷静に聞き、優しく寄り添いながらも、法的リスクにはズバッとメスを入れる。



1. 【事件発生】地獄のインフルエンザ流行期と、突然の「温泉宣言」

冬本番。今年の「あおば薬局」は、インフルエンザと新型コロナの同時流行により、開局以来かつてないほどの激務に見舞われていました。待合室は患者様で溢れ返り、スタッフ全員が休む間もなく処方箋の入力やピッキングに追われています。

そんな戦場のようなある日の夕方。以前インナーカラー騒動を起こした若手医療事務の高橋さん(24歳)が、田中薬局長(45歳)の元へやってきました。

「薬局長、お疲れ様です! 実は友達と急遽、明日から2泊3日で温泉旅行に行くことになりまして。有給いただきますね♪」

「……えっ? あ、明日から!?」 田中薬局長は耳を疑いました。このただでさえギリギリの人数で回している超繁忙期に、3日間の離脱。しかも前日の宣告です。

投薬カウンターの奥からは、ただでさえ連日の激務でピリピリしているお局の佐藤さんが、「この繁忙期に温泉旅行!? 冗談じゃないわよ!!」と激怒のオーラを放ち、今にも高橋さんに掴みかかりそうな勢いです。

「こ、困るよ高橋さん! 今休まれると薬局が回らないよ!」 「えー、でも有給休暇って『労働者の正当な権利』ですよね? ネットにも『理由は問わず、いつでも取れる』って書いてありましたよ。ダメなら労基署に相談しますけど……」

「権利」と「労基署」という言葉を出され、法律に疎い田中薬局長は完全に言葉に詰まってしまいました。(確かに有給は権利だ。拒否したら違法になってしまう……。でも、明日からのシフトの穴埋めなんて絶対に無理だ。佐藤さんも爆発してしまう!) 胃薬を水なしで飲み込んだ田中薬局長は、わらにもすがる思いで、顧問である私(社会保険労務士)に電話をかけてきました。

2. 【社労士への相談】「有給=絶対」という経営者の勘違い

田中薬局長: 「先生、助けてください! 若手の高橋が、明日から温泉に行くから3日間有給を取ると言い出しました! このインフル流行期に抜けられたら、間違いなく現場が崩壊します。でも、有給は本人の権利だから、経営者は絶対に拒否できないんですよね……!?」

社労士: 「田中薬局長、落ち着いてください。確かに労働基準法において、有給休暇は労働者の強力な権利です。取得理由が『温泉旅行』でも『家でゴロゴロするため』でも、会社が口出しすることはできません。……しかし、『明日から休む』というタイミングについては話が別です。

田中薬局長: 「えっ、タイミングは拒否してもいいんですか!?」

社労士: 「はい。会社には、有給の取得を別の日にずらしてもらう『時季変更権(じきへんこうけん)』という正当な権利があります。これが認められるのは『事業の正常な運営を妨げる場合』です。」

田中薬局長: 「事業の正常な運営を妨げる……まさに今のうちの状況です! ギリギリの人数で回している超繁忙期に抜けられたら、患者様にお薬を渡せなくなります!」

社労士: 「その通りです。あおば薬局さんのような少人数の職場で、しかも代替要員の手配が不可能な『前日宣告』の連続休暇であれば、堂々と時季変更権を行使して、『今は困るから別の時期にしてくれ』と指示することは適法です。労基署に駆け込まれても負けません。」

田中薬局長: 「よかった……! じゃあ今すぐ高橋に『温泉はキャンセルしろ!』と言ってきます!」

社労士: 「薬局長、待ってください! ただ『ダメだ』と突っぱねるだけでは、高橋さんとの関係が決定的に悪化してしまいます。今後のためにも、正しい『ルール』をお渡ししましょう。」

3. 【プロの解決策】「権利」と「チームワーク」を両立させる3つのステップ

今回の「突発的な有給強行」に対して、当事務所が提案した解決策のポイントは以下の3点です。

① 感情的にならず、「時季変更権」を論理的に行使する

「遊びに行くなんて不謹慎だ」と理由を責めるのはNGです。「現在インフルエンザの流行で欠員が出ると業務が回らず、前日では派遣スタッフも手配できない(正常な運営が妨げられる)」という事実を冷静に伝え、別の日程への変更を求めます。

② 就業規則に「事前申請ルール」を明記する

「有給はいつでも取れる」という誤解を防ぐため、就業規則に「有給休暇を取得する場合は、原則として〇日前までに申請すること(2日以上の連続休暇の場合は〇週間前など)」というルールを明確に定め、スタッフ全員に周知します。

③ 薬局全体の「年間カレンダー」を共有する

スタッフに悪気がないケースも多々あります。「冬場はインフルエンザで忙しい」「月初から毎月10日まではレセプト請求で忙しい」といった薬局特有の事情を視覚化して共有し、「休むならこの時期の方が助かる」という共通認識を育てます。

4. 【その後】「自己主張」から「お互い様」の職場へ

田中薬局長は深呼吸をした後、高橋さんと冷静に話し合いました。 温泉旅行を否定するのではなく、「有給は高橋さんの当然の権利だから、しっかり休んで楽しんできてほしい。でも、今回は前日のお願いで、薬局の患者様への対応が完全にストップしてしまうため、春の落ち着いた時期にずらしてもらえないだろうか」と誠実に説明しました。

最初は不満げだった高橋さんですが、待合室の患者様の数と、過労で倒れそうな佐藤さんたちの姿を見て、「……確かに、今私がいなくなったらヤバいですよね。ネットの情報を鵜呑みにして、周りが見えていませんでした」と反省。なんとか旅行の予定を春に変更してくれました。 これには、怒り狂っていた佐藤さんもホッと胸を撫で下ろしました。

その後、田中薬局長は当事務所と一緒に就業規則を見直し、「連続休暇は次のシフト作成までに申請する」というルールを作成。スタッフ同士が事前にシフトを調整し合うようになり、あおば薬局には「有給は権利だけど、チームへの配慮も大切だよね」という「お互い様」の文化が根付くことになりました。


💡 スタッフの「権利の主張」に振り回されてお悩みの経営者様へ

「有給は権利だから……」と経営者が遠慮して現場が疲弊してしまうのは、小規模な調剤薬局やクリニックで非常に多いケースです。労働者の権利を守ることは当然ですが、同時に「経営の秩序(ルール)」を守ることも経営者の大切な義務です。

「ネットの情報を盾にされると反論できない」 「シフトの急な穴埋めで、いつも自分が休めない」

そんなお悩みがあれば、一人で抱え込まずに当事務所へご相談ください。「権利」と「職場の和」のバランスを取るための就業規則づくりをサポートいたします。

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